文昭院霊廟奥院中門を石段下から見上げるように写したものである。片側の扉を開けて内部の宝塔を見せる演出が加えられている。将軍の廟(墓)は、このように何段もの石段を登った最も奥の高い位置に築かれた。This is the Middle Gate of the "okuin" (inner shrine) of Bunshoin Mausoleum. One of the doors is opened here so that the pagoda where the shogun's body is laid to rest can be seen. The tomb of the shogun was placed at the highest and innermost location on top of the stairs
増上寺内に祀られていた将軍霊廟の一つである有章院霊廟の中門とその奥にある勅額門。金箔や透かし彫りの豪華な配置が目を奪う。The middle gate of the Yushoin which is ...
有章院霊廟奥院の最奥部に建てられた有章院(家継)の宝塔である。徳川将軍家の宝塔は、二代秀忠が木製であったが四代家綱の時に銅製となり六代家宣まで引き継がれた。しかし、七代家継からは石製に変更され、以後十...
七代将軍家継(有章院)霊廟本殿の入口となる勅額門と鐘楼を南側から撮影したものである。勅額門の柱には龍の彫物があり、増上寺の徳川家霊廟の中では、最も華麗なものであった。将軍霊廟として最後の建築で、これ以...
九代将軍家重(諄信院)の宝塔前に設けられた門である。八代将軍吉宗から、新たな霊廟を建設しなくなったため、諄信院の奥院は、有章院奥院に付設された。増上寺将軍家霊廟の中では最も北側に位置していた。This...
家継の霊廟有章院は増上寺山内の北側に、父親の家宣の霊廟文昭院と並んで配置されていた。門を入って右手に見える建物は鐘楼。Yushoin, the tomb place of Shogun Ietsugu...
文昭院霊廟の御霊殿と奥院を仕切る門を御霊殿側から写したものである。文昭院の奥院はこの仕切門から最奥の宝塔まで一直線に配置されていた。後に十二代家慶、十四代家茂の廟が付設されるが、この配置に変更はなかっ...
文昭院霊廟奥院拝殿に通じる石段と唐門を,仕切門をくぐった位置から撮影したものである。左手に並ぶ灯篭は銅製で、大名家から寄進されたものである。銅灯篭には「文昭院尊前正徳二年十月二十四日」の刻銘がある。こ...
有章院霊廟勅額門を入った正面にある御霊殿拝殿入り口の門を正面から写したものである。門の扉が開け放たれ、拝殿に続く前廊が見えるが、柵が設置され、出入りはできないようである。石段前に跪き、参拝する男性の身...
六代将軍家宣の霊廟文昭院の勅額門を内側から撮った写真。本柱と前柱の間には鳳凰の彫刻が施されている。A photo of the Chokugaku Gate from the interior of ...
御霊殿の外、南東側から写したものである。写真師の演出であろう、固く閉ざされた門前の石段に跪き礼拝する男性と龍の彫刻のある柱に手をかけて佇む僧侶を配している。各大名家から寄進された門前の石灯籠は、霊廟全...
写真は本殿外陣で、 円柱より左側が内陣となる。 内陣柱の肘木には金箔がほどこされ、 欄間には花鳥の透彫が見える。 上部には極彩色の海老虹梁が人目をひく。The outer nave of the ma...
第六代将軍家宣の霊廟文昭院。 階段の前で頭を下げる男たちの真中にいるの武家らしい。 両端の二人は従者であろう。Bunshoin, the tomb of the sixth Shogun Tokuga...
七代将軍家継の霊廟有章院の勅額門の内側。父親の家宣の霊廟と比べるといくぶん簡略化されているとはいえ、金箔をふんだんに用いた豪華な浮き彫りがふんだんに用いられている。The interior of th...
文昭院霊廟の最も奥にあたる宝塔の前に設けられた青銅製の門である。両袖塀には昇り龍・下り龍が鋳抜かれている。北廟の5人の将軍墓前にはこうした門が建てられたが、青銅製はこの門だけである。現在、この門は焼失...
増上寺にあった歴代将軍の霊廟をつなぐ回廊。金箔をふんだんに用い、手の込んだ透かし彫りの技術を駆使した贅沢な作りは、東照宮などと同じ様式。The corridor connecting the tomb...
増上寺内に祀られていた将軍霊廟の一つである有章院霊廟の中門とその奥にある勅額門。金箔や透かし彫りの豪華な配置が目を奪う。The middle gate of the Yushoin which is ...
有章院霊廟奥院の最奥部に建てられた有章院(家継)の宝塔である。徳川将軍家の宝塔は、二代秀忠が木製であったが四代家綱の時に銅製となり六代家宣まで引き継がれた。しかし、七代家継からは石製に変更され、以後十...
七代将軍家継(有章院)霊廟本殿の入口となる勅額門と鐘楼を南側から撮影したものである。勅額門の柱には龍の彫物があり、増上寺の徳川家霊廟の中では、最も華麗なものであった。将軍霊廟として最後の建築で、これ以...
九代将軍家重(諄信院)の宝塔前に設けられた門である。八代将軍吉宗から、新たな霊廟を建設しなくなったため、諄信院の奥院は、有章院奥院に付設された。増上寺将軍家霊廟の中では最も北側に位置していた。This...
家継の霊廟有章院は増上寺山内の北側に、父親の家宣の霊廟文昭院と並んで配置されていた。門を入って右手に見える建物は鐘楼。Yushoin, the tomb place of Shogun Ietsugu...
文昭院霊廟の御霊殿と奥院を仕切る門を御霊殿側から写したものである。文昭院の奥院はこの仕切門から最奥の宝塔まで一直線に配置されていた。後に十二代家慶、十四代家茂の廟が付設されるが、この配置に変更はなかっ...
文昭院霊廟奥院拝殿に通じる石段と唐門を,仕切門をくぐった位置から撮影したものである。左手に並ぶ灯篭は銅製で、大名家から寄進されたものである。銅灯篭には「文昭院尊前正徳二年十月二十四日」の刻銘がある。こ...
有章院霊廟勅額門を入った正面にある御霊殿拝殿入り口の門を正面から写したものである。門の扉が開け放たれ、拝殿に続く前廊が見えるが、柵が設置され、出入りはできないようである。石段前に跪き、参拝する男性の身...
六代将軍家宣の霊廟文昭院の勅額門を内側から撮った写真。本柱と前柱の間には鳳凰の彫刻が施されている。A photo of the Chokugaku Gate from the interior of ...
御霊殿の外、南東側から写したものである。写真師の演出であろう、固く閉ざされた門前の石段に跪き礼拝する男性と龍の彫刻のある柱に手をかけて佇む僧侶を配している。各大名家から寄進された門前の石灯籠は、霊廟全...
写真は本殿外陣で、 円柱より左側が内陣となる。 内陣柱の肘木には金箔がほどこされ、 欄間には花鳥の透彫が見える。 上部には極彩色の海老虹梁が人目をひく。The outer nave of the ma...
第六代将軍家宣の霊廟文昭院。 階段の前で頭を下げる男たちの真中にいるの武家らしい。 両端の二人は従者であろう。Bunshoin, the tomb of the sixth Shogun Tokuga...
七代将軍家継の霊廟有章院の勅額門の内側。父親の家宣の霊廟と比べるといくぶん簡略化されているとはいえ、金箔をふんだんに用いた豪華な浮き彫りがふんだんに用いられている。The interior of th...
文昭院霊廟の最も奥にあたる宝塔の前に設けられた青銅製の門である。両袖塀には昇り龍・下り龍が鋳抜かれている。北廟の5人の将軍墓前にはこうした門が建てられたが、青銅製はこの門だけである。現在、この門は焼失...
増上寺にあった歴代将軍の霊廟をつなぐ回廊。金箔をふんだんに用い、手の込んだ透かし彫りの技術を駆使した贅沢な作りは、東照宮などと同じ様式。The corridor connecting the tomb...
増上寺内に祀られていた将軍霊廟の一つである有章院霊廟の中門とその奥にある勅額門。金箔や透かし彫りの豪華な配置が目を奪う。The middle gate of the Yushoin which is ...
有章院霊廟奥院の最奥部に建てられた有章院(家継)の宝塔である。徳川将軍家の宝塔は、二代秀忠が木製であったが四代家綱の時に銅製となり六代家宣まで引き継がれた。しかし、七代家継からは石製に変更され、以後十...
七代将軍家継(有章院)霊廟本殿の入口となる勅額門と鐘楼を南側から撮影したものである。勅額門の柱には龍の彫物があり、増上寺の徳川家霊廟の中では、最も華麗なものであった。将軍霊廟として最後の建築で、これ以...