大正期の「ヘンゼルとグレーテル」は先行研究では13 話とされていたが、今回の調査の結果、新たに5 話見つかり、18 話存在していることが確認できた。大正初期の邦訳はドイツ語対訳が主流で忠実に訳されており、ドイツ語の需要が多かったことがうかがわれる。また大正期には、絵本やグリム童話の単行本が出版されるようになり、数多くの児童雑誌が創刊された。そのなかには、題名が「ヘンゼルとグレーテル」ではなく、「お菓子の家」に変えられ、チョコレートやビスケットなどの原典にはない食べ物が出現するものがある。大正期は明治期から始まった西洋菓子産業が発展した時代である。子どもの読み物に流行りの食べ物が取り入れられ、家鴨を擬人化して会話する場面が入れられ、子ども向きに改変される。これらは童心主義を掲げる大正デモクラシーの影響であろう。お菓子の家という非現実の世界に焦点を当てることによって、子捨てや魔女殺害や宝石略奪などの場面から目を逸らそうとしたのである。原典が持つ暗い側面から目を背けて、子どもたちを夢の世界に誘導する話にしようとしたところに、大正期の童心主義のコンセプトが読み取れる。According to studies, there were 13 translations of ‘Hansel and Gretel’ in the Taisho era (1912–1926). This study discovered five more, thus confirming the existence of 18 translations. The translations in the early Taisho era were mostly bilingual (German-Japane...