本稿は広島県に例をとり,太田川の川上と川下とを関連づけながら両者を比較し,高度経済成長の影響を検証することを目的としている。水を媒体にして深く結びついていた川上と川下に視点を置くことによって,これまで経験したことのない激変をもたらした高度経済成長の実態に接近できるのではないかと考えてのことである。太田川が流れる広島県は,戦後,軍需産業の解体や戦災の影響もあって,経済後進県として出発したが,高度経済成長期に全国平均を上回る発展を達成し,経済先進県の仲間入りを果たした。こうしたなかで第2次,第3次産業は急成長し,川下の都市の生産額,所得,人口はおおむね増加したが,第1次産業は停滞し,川上の山村の生産額,所得は伸び悩み,人口は急激に減少した。こうした状況は経済的要因に加え,当時の国や県の施策によって助長された面もあり,また両者には少なからぬ関連性が存在していた。川上に位置する戸河内,筒賀などの町村の営みは,かつては農業と林業を主要産業とし,自給自足に近い生活をしながら,木材と余剰農産物を太田川の水運によって川下に運び販売し,その資金で日用品を購入することで成り立っていた。こうした継続性のある再生産の可能な関係は,高度経済成長期に太田川において電力の一貫完全開発が完成し,国の指導により経済林を目指した山林経営が強力に推進されて以降,一変した。自然が経済に従属させられ,皮肉にも経済的に価値のある生産物を失った川上の山村の住民は,川下の都市に出て労働力を販売することによって生活を維持しなければならなくなり,深刻な過疎状況が現出したのであった。川上と川下は単に地理的だけではなく,高度経済成長においてどのように位置づけられたかという社会的要因を加味した概念と考えられる。そして川上的なものの喪...
戦国期から近世前期にかけて輝かしい歴史の舞台として知られる堺環濠都市(大阪府堺市堺区)は,江戸幕府開幕当初,直轄地として堺奉行も置かれ,1615年に全焼の被害を蒙った後,その一部は今にも続く環濠が江戸...
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application/pdf武蔵野台地東辺における縄文時代中期の主要集落遺跡について,土器の細別時期ごとに住居分布を検討した。その結果,いずれの集落遺跡においても,一時的に住居軒数が増加し,住居が環...
高度経済成長期を契機とする植生景観変化とその背景について,岡山県北部の中国山地(津山市阿波),京都市北部郊外(左京区岩倉付近),伊勢湾口の離島(神島)の3つの地域を例に,写真や文献類,また古老への聞き...
application/pdf「国民的生活革命」と呼びうる高度経済成長について正面から取り上げた民俗学的成果は必ずしも多くない。しかし,統計等の資料とともに,聞き書きも重視して歴史を描き出す学的営為を...
application/pdf日本の高度成長において,1960年前後は大きな転換点であった。本論文では,1960年以前を「開発の時代」,60年以降を「成長の時代」と名づけ,2つの時期を比較しながら,6...
application/pdf本論文は,近年の日本で極めて広範な対象を文化資源化している「近代化遺産」をめぐる動きを明らかにすることを目的として,とくに軍事施設までもが文化資源化される現象を取り上げた...
application/pdf人は他の人や自然,神とのかかわりのなかで生きているが,第二次産業が牽引した高度経済成長の影響を強く受けたのは,そのうちの自然とのかかわりであった。そして自然と深くかかわる...
application/pdf考古資料が増大するに従い,これを扱う上で計量的分析を行なうことの意義が高まっている。大量の資料を計量することは大変な作業のようではあるが,同種の多くの資料について実測した...
application/pdf本稿は,19世紀末――具体的には1880年代――以降,農商務省の主導のもと各府県によって進められた水産資源の保全政策(「保護繁殖」政策)を,①当該政策が明治政府の勧業政策...
東日本の初期弥生文化を特徴づける墓制は,再葬墓である。再葬は,いったん遺体を土中に埋めたりして骨になるのを待ち,再びそれを埋葬する葬法をさす。この時期,とくに壺棺が蔵骨器として多用されるために,そうし...
本稿は,五箇由と白川郷に計3ヶ所の世界遺産登録地域を有する庄川流域を事例として,観光化の進展によって忘れられていった開発の歴史と研究史をあらためて見直し,かつての山村生活の様子を思い起こす試みをおこな...
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