大槻文彦は「和蘭字典文典の譯述起原」において、「受身」という用語をオランダ語の“Lydende Werk Woorden” に相当する「今譯」と位置づけ、『訂正蘭語九品集』の「被動詞」から続く、蘭学の系譜に連なる訳語として提示している。 文法用語としての「受身」は、大槻が考案したものであると大槻自身が述べていることもあり、一般にそう認定されている。専門的な文献だけではなく、『日本国語大辞典』などの信頼できる辞書も、「受身」の初出例として「語法指南」の一節を挙げている。しかし、大槻が用いた意味での「受身」は、実際には大槻以前の文献にも見出せるため、「訳述起原」に関する従来の記述には修正が必要となる。 大槻の「語法指南」はまた、現代的な意味での「助動詞」を日本文法の用語として用いた嚆矢とされるが、「助動詞」という表現自体は大槻以前に使用例があり、これまでに指摘されているところでは『附音插図英和字彙』が最も古い。しかし、これについても、さらに古い使用例を指摘することができる。『日本国語大辞典』は「助動詞」の初出例をヘボンの『和英語林集成』第3 版に求めているが、この選択には考えるべき問題があると思われるので、上の「受身」と併せて検討する。Otsuki’s grammar known as Gohoshinan(1889)is widely believed to be the first work which used ukemi ‘passive’ as a technical term for Japanese grammar. For instance, Shogakkan’s Grand Dictionary of the Japanese Language cites a...