90年代前半には, それまでの「社会科学」像を支えていた認識枠組みそのものを問い直す動きが活発化した.本稿は, このような動向を, 1993年から94年にかけて刊行された『岩波講座 社会科学の方法』の諸論文を素材に検討する.その際, 重要な論点となるのが, 戦後社会科学の初期条件であり, とくに日本資本主義論争と総動員体制の影響をめぐる諸議論を検討する.また, その時期に設定された, 「近代西欧」との対比で「日本」を論じる問題意識についての批判的考察についても, 検討する.これに対し, 「社会学の時代」と称されることのある90年代後半以後における社会科学の展開は, 90年代前半における社会科学の見直しの結果と必ずしも直結していないことを論じた上で, 最後に, 両者の成果を結びつけ, 社会のトータルな把握とそれに基づく批判的な知的営為としての社会科学という課題を提示する.This paper aims to consider several features of the transformation of Japanese social sciences in the 1990s. For this purpose, I examine articles of ""Shakai Kagaku No Hoho (Methods of Social Sciences)"", an anthology of representative contemporary Japanese social scientists, published in 1993-94. The themes discussed eagerly in these articles are the initia...
中国には1900 年前後に日本を経由して社会学が伝播した。列強の支配による国家と民族の存亡の危機から中国を救う理論的根拠を,社会進化論,社会有機体説をベースにした当時の社会学に求めたのである。この論考...
私が東京都立大学人文学部に入学してから,すでに43年になる。履歴にあるように都立大で学び,研究者の道を選んだ。その研究の分野は,教育学の中の社会教育である。社会教育研究の偉大な先達である故小川利夫氏は...
1962年に設置された「日本事情」教育は、歴史的に見ると、「実体視型」から90年代後半に至って「流動視型」へと展開した。「日本事情」教育の方法論は、文化現象のジャンル意識に乏しく、管見によれば、いずれ...
天皇制を軸とする「国体」は戦前には国民的同一性を担保していたが, 敗戦はその統合力を奪い同一性の危機が現出した.一群の知識人は普遍的原理にたつ新国民精神の創造を追求したが, 少数派に止まった.50年代...
天皇論という視角から見た場合, 日本社会の1990年代は, その前代との変化が大きいのに比べて, そのあと, 2000年以降との違いはあまりなく, 90年代における特徴が, いまも持続していると言って...
本研究の目的は, 社会システム論や社会文化進化論の立場から日本の教育研究の問題性を明らかにする事である。その上で, 研究方法を議論したい。議論の前提として, 人間が生まれて発達してやがて死を迎えるよう...
筆者は2008年度から共通教育科目の留学生対象の講義科目である「日本事情1・2」を担当することになった。一般に「事情」というタイトルを冠する科目は,体験学習や伝統文化の紹介を中心に据えた内容であったり...
和辻哲郎によって先鞭がつけられた日本文化風土論は、第二次世界大戦の敗戦を契機として、挫折した。形成期から発展期へ至る道が、敗戦で頓挫した。しかし、和辻以来の伝統は、環境論を重視する戦後日本の地理学者...
以协会、出版物等媒介为依托形成的战后日本知识共同体是一种社会自我反思的机制,其作用于社会的方式不必再通过体制这一中介;战后日本知识共同体的价值取向与战后日本的经济增长和社会转型有内在的关联。日本知识共...
本研究は1940年代の尾高邦雄の職業研究を起点に,社会学における職業研究,職場の人間関係,職業集団,職場での労働者意識等の観点から再確認し,日本の社会学におけるホワイトカラーの研究経緯について2000...
20世纪90年代日本大众意识的内向化在东西方冷战体制及泡沫经济崩溃的背景下产生,而阪神大地震和奥姆真理教事件对日本大众意识造成巨大冲击,说明当代日本的社会结构疲劳已深刻到不得不进行重大改革的程度.针对...
publisher奈良本稿は、社会統合という観点から、全体社会の解体と再編に伴う地域編成過程を、明治前期に始まる地方制度の形成過程に事例を求めて概観・記述することを意図するものである。問題は「全体社会...
社会心理学有着社会学和心理学两种取向。虽然多数时候相对独立发展,但两者都对现代化带来的社会转型和变迁非常关注。社会学家从社会或社会结构的变化和人的变化两个方面对社会转型进行了大量研究,前者涉及城市(镇...
本稿は、国語教育に言語生活概念を定位させるために、「社会意識の発達」に着目した西尾実の言語生活論の内実に迫ろうとするものである。西尾は、「言語生活」の視座から言語を機能的なものとして捉え、その場合の言...
P(論文)本稿では、レギュラシオン理論を参照しつつ、先進諸国の一般的状況と比較しながら、日本におけるポスト工業社会の移行とその特質を考察した。その結果は以下の3点に要約できる。第1に、日本でも先進諸国...
中国には1900 年前後に日本を経由して社会学が伝播した。列強の支配による国家と民族の存亡の危機から中国を救う理論的根拠を,社会進化論,社会有機体説をベースにした当時の社会学に求めたのである。この論考...
私が東京都立大学人文学部に入学してから,すでに43年になる。履歴にあるように都立大で学び,研究者の道を選んだ。その研究の分野は,教育学の中の社会教育である。社会教育研究の偉大な先達である故小川利夫氏は...
1962年に設置された「日本事情」教育は、歴史的に見ると、「実体視型」から90年代後半に至って「流動視型」へと展開した。「日本事情」教育の方法論は、文化現象のジャンル意識に乏しく、管見によれば、いずれ...
天皇制を軸とする「国体」は戦前には国民的同一性を担保していたが, 敗戦はその統合力を奪い同一性の危機が現出した.一群の知識人は普遍的原理にたつ新国民精神の創造を追求したが, 少数派に止まった.50年代...
天皇論という視角から見た場合, 日本社会の1990年代は, その前代との変化が大きいのに比べて, そのあと, 2000年以降との違いはあまりなく, 90年代における特徴が, いまも持続していると言って...
本研究の目的は, 社会システム論や社会文化進化論の立場から日本の教育研究の問題性を明らかにする事である。その上で, 研究方法を議論したい。議論の前提として, 人間が生まれて発達してやがて死を迎えるよう...
筆者は2008年度から共通教育科目の留学生対象の講義科目である「日本事情1・2」を担当することになった。一般に「事情」というタイトルを冠する科目は,体験学習や伝統文化の紹介を中心に据えた内容であったり...
和辻哲郎によって先鞭がつけられた日本文化風土論は、第二次世界大戦の敗戦を契機として、挫折した。形成期から発展期へ至る道が、敗戦で頓挫した。しかし、和辻以来の伝統は、環境論を重視する戦後日本の地理学者...
以协会、出版物等媒介为依托形成的战后日本知识共同体是一种社会自我反思的机制,其作用于社会的方式不必再通过体制这一中介;战后日本知识共同体的价值取向与战后日本的经济增长和社会转型有内在的关联。日本知识共...
本研究は1940年代の尾高邦雄の職業研究を起点に,社会学における職業研究,職場の人間関係,職業集団,職場での労働者意識等の観点から再確認し,日本の社会学におけるホワイトカラーの研究経緯について2000...
20世纪90年代日本大众意识的内向化在东西方冷战体制及泡沫经济崩溃的背景下产生,而阪神大地震和奥姆真理教事件对日本大众意识造成巨大冲击,说明当代日本的社会结构疲劳已深刻到不得不进行重大改革的程度.针对...
publisher奈良本稿は、社会統合という観点から、全体社会の解体と再編に伴う地域編成過程を、明治前期に始まる地方制度の形成過程に事例を求めて概観・記述することを意図するものである。問題は「全体社会...
社会心理学有着社会学和心理学两种取向。虽然多数时候相对独立发展,但两者都对现代化带来的社会转型和变迁非常关注。社会学家从社会或社会结构的变化和人的变化两个方面对社会转型进行了大量研究,前者涉及城市(镇...
本稿は、国語教育に言語生活概念を定位させるために、「社会意識の発達」に着目した西尾実の言語生活論の内実に迫ろうとするものである。西尾は、「言語生活」の視座から言語を機能的なものとして捉え、その場合の言...
P(論文)本稿では、レギュラシオン理論を参照しつつ、先進諸国の一般的状況と比較しながら、日本におけるポスト工業社会の移行とその特質を考察した。その結果は以下の3点に要約できる。第1に、日本でも先進諸国...
中国には1900 年前後に日本を経由して社会学が伝播した。列強の支配による国家と民族の存亡の危機から中国を救う理論的根拠を,社会進化論,社会有機体説をベースにした当時の社会学に求めたのである。この論考...
私が東京都立大学人文学部に入学してから,すでに43年になる。履歴にあるように都立大で学び,研究者の道を選んだ。その研究の分野は,教育学の中の社会教育である。社会教育研究の偉大な先達である故小川利夫氏は...
1962年に設置された「日本事情」教育は、歴史的に見ると、「実体視型」から90年代後半に至って「流動視型」へと展開した。「日本事情」教育の方法論は、文化現象のジャンル意識に乏しく、管見によれば、いずれ...