本稿は、近世中後期における藩政改革の際の政治構造について、徳島藩における宝暦・明和改革及び寛政改革を事例として考察した。藩政改革において、社会的・政治的状況(財政窮乏・百姓一揆等) に規定された政治課題に対して、政治権力がどのような理念でもって、どのような形態をとって対処しようとするのかという側面において、先例認識のあり方が大きく影響し、政治構造を規定した。当該時期の政治改革はまず第一に倹約・風儀統制政策として行われ、藩政の時期区分認識としての藩政史認識が形成された。そして、定着した藩政史認識に基づく先例を根拠として、その後の諸政策が展開したのである。ただし、先例重視とはいっても、当該時期の課題に応じた柔軟な先例解釈が行われており、これは近世政治秩序の保守性と柔軟性の双方を同時に示している。This paper considers the reforms of the Horeki, Meiwa, and Kansei eras in Tokushima han as an example of the political structure of reform in domain governments in the middle and the latter part of the early modern period. In regards to domain political reform, consciousness of precedent had great influence and governed the political structure in terms of which types of concepts or forms of politi...
平安前期、十世紀中葉にいたって東国の地に反乱が起る。平将門によるものがそれである。この乱がその後の政治過程に与えた影響は決定的とも思われ、「律令国家」の崩壊、武士の発生などの観点から、いままでも分析が...
わが国において資本主義が確立した時期は一般に明治後期 (一八九〇~一九一〇) であると考えられている。それではその前段階たる幕末・明治前期において資本主義の形成はどのように進行していたであろうか。また...
憲政擁護運動の意義は、今日的課題としても、あるいは大正デモクラシー究明のためにも、きわめて大きい。しかし、従来の研究では、根本史料にふれたものは、ほとんどない。本稿では、紙数の関係上、その前史として、...
本稿では、一九世紀の藩領国下で形成された地域資産の歴史的変遷について、能本藩領を事例に、近代移行期地域社会論の観点から分析した。一九世紀の熊本藩領では、会所官銭などの民政基金・備荒貯蓄が百姓の雑税から...
「大日本国憲法」は、国会期成同盟第二回大会前に作成された数少ない私擬憲法案であるが、関係史料が限られていて、作成者の確定、作成の経緯など、基本的な点がはっきりしていなかった。ところが稲葉家文書から発見...
個人情報保護のため削除部分あり本稿は、律令国家の仏教行政の運営に中心的な役割を果した僧綱の性格が宝亀年間に於いて変化することを僧綱の補任及び僧綱政の実態の点から指摘し、その意義付けを試みるものである。...
九・十世紀に律令制を転換させた潜在勢力の中心は、当時「富豪」といわれた階層であるが、律令制の致命傷となつた浪人の中にもこの富豪層が居り、八世紀末から庄園のみならず公領でも活躍した。この富豪浪人を住民と...
寛永期 (一六二四-四四) の畿内幕領における農民支配は、二つの面からおこなわれた。その一は、夫役の徴収であつて、家と労働力を有する農民の殆ど全部が、幕府のもとに役家として編成された。その二は、貢租収...
明治維新の主体を改革派同盟から直ちに論じたとき、成立した維新政権の階級配置との相違に直面する。その矛盾は、従来の諸論稿が、討幕派のもつとも重要な時期=慶応期に焦点を合せた具体的分析を行わずに、文久・元...
個人情報保護のため削除部分ありシモン・ド・モンフォールの乱として知られているバロンの反乱は、マグナ・カルタ成立後五十年、一三世紀後半のイギリス社会の発展を背景にした貴族による国政改革運動である。従来こ...
個人情報保護のため削除部分あり幕藩体制確立期における藩主権力の確立は、江戸時代初期の問題として極めて重要である。したがって、藩主権力の確立を示す藩主親政の実態ならびに藩機構の整備を江戸時代初期の時点に...
本稿は、一七世紀末―一八世紀初頭に行われた江戸幕府による上方支配の再編を明らかにするものである。当該期の大きな特徴として、上方で行われていた激しい領主交代が激減すること、転封を繰り返していた譜代大名が...
個人情報保護のため削除部分あり本稿は寺内内閣期の政治過程を、主要政治勢力の相互関係を軸に、財政政策・民衆支配政策・対中政策・対ソ干渉政策といった重要政策の展開と権力抗争の両面について分析し、この時期の...
律令制的基盤のほとんどすべてを失いながらも、九世紀の政治がなおかつ律令制的支配機構に依存しておしすすめられたことはどういうことであるか。それはすでに指摘されるように、基本的にはとってかわるべき階級が未...
第一次選挙法改革以後選挙権拡張を要求するチヤーテイストの運動には消長があったが一八六〇年代に入って再び改革運動は再燃したのである。本論文は主として英国第二次選挙法改革を社会経済上より解明せんとしたもの...
平安前期、十世紀中葉にいたって東国の地に反乱が起る。平将門によるものがそれである。この乱がその後の政治過程に与えた影響は決定的とも思われ、「律令国家」の崩壊、武士の発生などの観点から、いままでも分析が...
わが国において資本主義が確立した時期は一般に明治後期 (一八九〇~一九一〇) であると考えられている。それではその前段階たる幕末・明治前期において資本主義の形成はどのように進行していたであろうか。また...
憲政擁護運動の意義は、今日的課題としても、あるいは大正デモクラシー究明のためにも、きわめて大きい。しかし、従来の研究では、根本史料にふれたものは、ほとんどない。本稿では、紙数の関係上、その前史として、...
本稿では、一九世紀の藩領国下で形成された地域資産の歴史的変遷について、能本藩領を事例に、近代移行期地域社会論の観点から分析した。一九世紀の熊本藩領では、会所官銭などの民政基金・備荒貯蓄が百姓の雑税から...
「大日本国憲法」は、国会期成同盟第二回大会前に作成された数少ない私擬憲法案であるが、関係史料が限られていて、作成者の確定、作成の経緯など、基本的な点がはっきりしていなかった。ところが稲葉家文書から発見...
個人情報保護のため削除部分あり本稿は、律令国家の仏教行政の運営に中心的な役割を果した僧綱の性格が宝亀年間に於いて変化することを僧綱の補任及び僧綱政の実態の点から指摘し、その意義付けを試みるものである。...
九・十世紀に律令制を転換させた潜在勢力の中心は、当時「富豪」といわれた階層であるが、律令制の致命傷となつた浪人の中にもこの富豪層が居り、八世紀末から庄園のみならず公領でも活躍した。この富豪浪人を住民と...
寛永期 (一六二四-四四) の畿内幕領における農民支配は、二つの面からおこなわれた。その一は、夫役の徴収であつて、家と労働力を有する農民の殆ど全部が、幕府のもとに役家として編成された。その二は、貢租収...
明治維新の主体を改革派同盟から直ちに論じたとき、成立した維新政権の階級配置との相違に直面する。その矛盾は、従来の諸論稿が、討幕派のもつとも重要な時期=慶応期に焦点を合せた具体的分析を行わずに、文久・元...
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個人情報保護のため削除部分あり幕藩体制確立期における藩主権力の確立は、江戸時代初期の問題として極めて重要である。したがって、藩主権力の確立を示す藩主親政の実態ならびに藩機構の整備を江戸時代初期の時点に...
本稿は、一七世紀末―一八世紀初頭に行われた江戸幕府による上方支配の再編を明らかにするものである。当該期の大きな特徴として、上方で行われていた激しい領主交代が激減すること、転封を繰り返していた譜代大名が...
個人情報保護のため削除部分あり本稿は寺内内閣期の政治過程を、主要政治勢力の相互関係を軸に、財政政策・民衆支配政策・対中政策・対ソ干渉政策といった重要政策の展開と権力抗争の両面について分析し、この時期の...
律令制的基盤のほとんどすべてを失いながらも、九世紀の政治がなおかつ律令制的支配機構に依存しておしすすめられたことはどういうことであるか。それはすでに指摘されるように、基本的にはとってかわるべき階級が未...
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わが国において資本主義が確立した時期は一般に明治後期 (一八九〇~一九一〇) であると考えられている。それではその前段階たる幕末・明治前期において資本主義の形成はどのように進行していたであろうか。また...
憲政擁護運動の意義は、今日的課題としても、あるいは大正デモクラシー究明のためにも、きわめて大きい。しかし、従来の研究では、根本史料にふれたものは、ほとんどない。本稿では、紙数の関係上、その前史として、...