国際経営論では、本国で培った競争能力を活用することが企業の海外展開における最大の要因であると捉えられてきた。確かに本国での経営資源を海外に適用するという理論枠組みは、企業の多国籍展開を論じるうえで極めて有効であった。しかし、こうした国特殊的な資源の海外適用に焦点を当てる傾向が強い既存の枠組みでは、同じ国を本国とする多国籍企業が海外においてそれぞれ違った戦略を採る背景を十分には説明できない。本稿では、同じ国を本国とする多国籍企業の財務的資源や組織能力が、どのよう同じホスト国でのオペレーションに影響するかを、動態的かつ企業特殊的な見地から分析を試みた。トヨタ自動車と三菱自動車工業の豪州とタイの現地生産拠点を分析対象とした。これら2力国の自動車産業は共に最近深刻な危機に直面しており、極めて興味深いケースである。1980年代半ば以降、豪州の国内自動車メーカーを襲った危機は、国内産業保護政策の撤廃とそれに引き続く急速な自動車輸入自由化が招いたものだった。一方タイでは、1997年のアジア経済危機により、国内自動車メーカーは深刻な危機に直面することになった。本稿では、こうした危機に対するトヨタと三菱自工の戦略対応の違いに焦点を当て、それぞれ「強い大企業」「強い小企業」と特徴付ける。分析対象とした2つの企業は、日本国内において国際競争力のある生産システムを持っている上、豪州やタイにおいてもトップレベルの競争力を持って生産拠点を維持している。しかし、成長機会や深刻な危機に直面した際の対応は、決定的に異なったものであった。こうした違いの背景には、本国日本における企業規模(財務的能力に直結)や動態的な組織能力(例えば、能力構築能力)の違いがあったと捉えられる。本稿は、従来の理論枠組みの重要性は認識...