Publisher奈良ユートピアと言えば,現在では空想上の楽園,思想境などを意味する一般用語となっているが,ここでは16世紀の初めに刊行され,すべてのユートピア思想の源流になっているトマス=モアの『ユートピア』をさしている.これは460年前に書かれた書物であるが,あるべき国家・社会の青写裏を提示し,予見したという意味で現在でも新鮮さを感じさせる. それゆえ,モアの時代から今日に至るまで『ユートピア』の研究書・諭文は枚挙にいとまないほど多く,またユートピアを地上に実現しようとするもろもろの社会運動も跡を絶たない.さらに「ユートピア」と同類型の思想を時代を超えて模索し,それらを思想史の上から研究した著書も多い.最近,わが国でもモアならびに『ユートピア』を社会思想の上から見た力作が数編出ている.筆者はいまさら改めて,『ユートピア」を思想史や英文学史の側面から見ようとは思わない.すでにイギリスの地理学史家J.N.L.ベイカーもその諭文のなかで注意しているように,想像の産物以外のなにものでもない,いわゆるユートピアも桃源境・蓬萊国など架空の国土も,案は例外なく地理的事物を背景として想定されている.古代におけるプラトンの『共和国』に始まり,アウグスティヌスの「神の都」,カンパネルラの「太陽の都』(1623),フランシス=べ一コンの『ニューアトランティス』(1627)などのユートピア思想がいずれも地理的用語で表現されているのをみてもその一端が察せられる.砂漠民族のユートピアもいうべきパラダイスは,かれらの住地の地理的環境と対照的な緑したたる,みずみずしいオアシスのイメージと切り離せない.このようにユートピア思想を地理学の立場から見ていくことは,筆者年来の宿願であったが,世上無数にあるユート...