科学社会学者としてラフ・ファイトに馴染んだS.ウールガーが,「社会問題の社会学(SSP)」のアリーナに場外より突如乱入してからはや9年の歳月が過ぎ,『社会的構築主義再考』の発刊を機にしてそのさざめきも漸く収まりつつあるように思われる。『再考』に寄せた論文において,イバラとキツセはウールガーに対する返答を最終的にレトリック分析へと昇華させているが,今度はレトリック分析の適否をめぐって彼らが標的に回った感がある。しかし,論争の経緯については,夥多の紹介がなされているので触れる必要はないであろう1)。しかも火付け役となったウールガー本人は,『ゲリマン』論文以降,SSPのバトルロイヤルに再び参戦することはなかった。そこで本稿では,『ゲリマン』以外のウールガーの姿を紹介することで別の角度からこの論争にスポットを当てること,つまり彼本来のアリーナであるSSK(Sociology of Scientific Knowledge)の領域での戦績を辿ることで一風変わった?そのファイティング・スタイルを浮き彫りにすることを試みたい。本稿は,Ⅱ部構成になっている。Ⅰは,ウールガーとエスノメソドロジーの関係を扱ったものである。Ⅱは,Ⅰを受けながら彼のSSK理論の中心概念であるリフレクシヴィティを改めて論じている。筆者は昨年の共著論文でも今回と類似したテーマを扱っている。それ故本稿は前稿のパラフレイズであると考えていただいてよい。特にⅡは,前著では論じ切れなかったリフレクシヴィティについての議論を続けた感がある。それゆえ《続編》という意味を込めて,Ⅱでは〈形〉の上でも前著のスタイルを踏襲することにした。In previous paper our research group reexamined th...
作曲家クリスチャン・ウォルフ(1934-)は、1957-68年にかけて独自の図形楽譜を編み出し、その中で三つの特徴的な手法を用いた。すなわち、「比率ネウマ」「キューイング」「コーディネート線」である。...
本論は、バウムを描く鉛筆との類似性を持つと思われる杖ならびに日本の民間伝承である杖立伝説についての深層心理学的分析を通じて、バウム理解を深めようとする試みである。まず杖はそれをもつ人間の分身のようなも...
奈良倶楽部とは奈良公園の一角に明治22(1889)年から昭和60(1985)年までの約1世紀、存在した建物である。この建物は明治前期の和風スタイルを採る建築では珍しく十字の平面を有し、その中央交差部に...
19世紀のアンテベラム期にニューイングランドにおいて生起した思潮である超越主義(Transcendentalism)は、1830年代半ばから1840年代半ばにかけて、宗教、文学、哲学および社会改革運...
河鍋暁斎にはイソップ寓話を題材とした絵が数枚ある。イソップのひねった表現で教訓を与える手法は、暁斎の戯画の精神に合致したのであろう。この絵にはイソップの教訓物語を文字で教える簡潔な詞が付せられている。...
本稿では,行動経済学で着目されている行動の誤りの存在が,合理的な個人を前提としていた規範的な議論にどのような影響を与えるかを考察する。行動経済学で着目されている行動の誤りは,ただちに温情主義的政策を正...
インターネットやイントラネットといった広域開放型ネットワークが拡大するにつれて,モバイルエージェント技術が注目を集めつつある.モバイルエージェントは,自律性,移動性,知性,協調性,あるいは即応性といっ...
本研究は、スポーツの記述についての、現象学から影響を受けた社会学の一分野であるエスノメソドロジー研究である。本研究の目的はスポーツを記述するときに、いわゆる身体知とされて他者から知ることができないとさ...
日本オストミー協会A県支部に所属している120名のオストメイトを対象に、オストメイトの加齢に伴うセルフケアのニーズを明らかにすることを目的に、セルフケア状況、支援体制、および、セルフケア継続のニーズ...
本稿は、日本語学習者の「やりもらい表現」の文法性判断力に焦点を当て、授受補助動詞についての文法性判断力が、学習者の日本語履修歴とどのように関わっているのかを考察する。特に、授受補助動詞の中のどれが文...
絶滅危惧植物ユビソヤナギの保全方法の検討資料とするため,ユビソヤナギの潜在生育域を推定し,その結果を踏査により検証した。推定は東北地方から中部地方にかけての地域において,気候,地形,地質などの環境要因...
第I部(a)においては、ユーカリ油、エタノール、ガソリン混合燃料の蒸留曲線を測定した結果、E33/A33/G34混合燃料の蒸留曲線は、レギュラーガソリンの蒸留曲線に近いことが判明した。蒸留曲線の結果に...
現代の環境倫理学では,行詰った西洋近代主義に対する批判が起こってきて東洋哲学や先住民の文化を見直す傾向がある。プラトンの倫理学における価値序列ではイデアに最高価値が置かれ,イデアを見ることのできる人間...
最近、企業のネットワーク化が著しく発展・普及した。その結果、財・サービスの生産から販売に至るまでの過程で、スピード、距離、生産性、技術力などに飛躍的な発展が見られる。このような環境は従来の「働く」とい...
社会問題は二重の意味で複雑な現象である。第一に、社会問題は、その因果関係が複雑である(記述的な複雑性)。社会問題を引き起こす原因は多様であり、それを解決しようとするいかなる社会政策も意図せざる(ときに...
作曲家クリスチャン・ウォルフ(1934-)は、1957-68年にかけて独自の図形楽譜を編み出し、その中で三つの特徴的な手法を用いた。すなわち、「比率ネウマ」「キューイング」「コーディネート線」である。...
本論は、バウムを描く鉛筆との類似性を持つと思われる杖ならびに日本の民間伝承である杖立伝説についての深層心理学的分析を通じて、バウム理解を深めようとする試みである。まず杖はそれをもつ人間の分身のようなも...
奈良倶楽部とは奈良公園の一角に明治22(1889)年から昭和60(1985)年までの約1世紀、存在した建物である。この建物は明治前期の和風スタイルを採る建築では珍しく十字の平面を有し、その中央交差部に...
19世紀のアンテベラム期にニューイングランドにおいて生起した思潮である超越主義(Transcendentalism)は、1830年代半ばから1840年代半ばにかけて、宗教、文学、哲学および社会改革運...
河鍋暁斎にはイソップ寓話を題材とした絵が数枚ある。イソップのひねった表現で教訓を与える手法は、暁斎の戯画の精神に合致したのであろう。この絵にはイソップの教訓物語を文字で教える簡潔な詞が付せられている。...
本稿では,行動経済学で着目されている行動の誤りの存在が,合理的な個人を前提としていた規範的な議論にどのような影響を与えるかを考察する。行動経済学で着目されている行動の誤りは,ただちに温情主義的政策を正...
インターネットやイントラネットといった広域開放型ネットワークが拡大するにつれて,モバイルエージェント技術が注目を集めつつある.モバイルエージェントは,自律性,移動性,知性,協調性,あるいは即応性といっ...
本研究は、スポーツの記述についての、現象学から影響を受けた社会学の一分野であるエスノメソドロジー研究である。本研究の目的はスポーツを記述するときに、いわゆる身体知とされて他者から知ることができないとさ...
日本オストミー協会A県支部に所属している120名のオストメイトを対象に、オストメイトの加齢に伴うセルフケアのニーズを明らかにすることを目的に、セルフケア状況、支援体制、および、セルフケア継続のニーズ...
本稿は、日本語学習者の「やりもらい表現」の文法性判断力に焦点を当て、授受補助動詞についての文法性判断力が、学習者の日本語履修歴とどのように関わっているのかを考察する。特に、授受補助動詞の中のどれが文...
絶滅危惧植物ユビソヤナギの保全方法の検討資料とするため,ユビソヤナギの潜在生育域を推定し,その結果を踏査により検証した。推定は東北地方から中部地方にかけての地域において,気候,地形,地質などの環境要因...
第I部(a)においては、ユーカリ油、エタノール、ガソリン混合燃料の蒸留曲線を測定した結果、E33/A33/G34混合燃料の蒸留曲線は、レギュラーガソリンの蒸留曲線に近いことが判明した。蒸留曲線の結果に...
現代の環境倫理学では,行詰った西洋近代主義に対する批判が起こってきて東洋哲学や先住民の文化を見直す傾向がある。プラトンの倫理学における価値序列ではイデアに最高価値が置かれ,イデアを見ることのできる人間...
最近、企業のネットワーク化が著しく発展・普及した。その結果、財・サービスの生産から販売に至るまでの過程で、スピード、距離、生産性、技術力などに飛躍的な発展が見られる。このような環境は従来の「働く」とい...
社会問題は二重の意味で複雑な現象である。第一に、社会問題は、その因果関係が複雑である(記述的な複雑性)。社会問題を引き起こす原因は多様であり、それを解決しようとするいかなる社会政策も意図せざる(ときに...
作曲家クリスチャン・ウォルフ(1934-)は、1957-68年にかけて独自の図形楽譜を編み出し、その中で三つの特徴的な手法を用いた。すなわち、「比率ネウマ」「キューイング」「コーディネート線」である。...
本論は、バウムを描く鉛筆との類似性を持つと思われる杖ならびに日本の民間伝承である杖立伝説についての深層心理学的分析を通じて、バウム理解を深めようとする試みである。まず杖はそれをもつ人間の分身のようなも...
奈良倶楽部とは奈良公園の一角に明治22(1889)年から昭和60(1985)年までの約1世紀、存在した建物である。この建物は明治前期の和風スタイルを採る建築では珍しく十字の平面を有し、その中央交差部に...