STMによるα-(ET)_2I_3 の物性解析

本研究では分子性固体α-(ET)_2I_3 の表面電子状態をSTM (走査型トンネル顕微鏡) を用いて調べ、表面再構成の観測に成功したので、報告する。ここでET (BEDT-TTF) はbis (ethylenedithio) tetrathiafulvaleneである。本物質はTajima, Kajita, Kobayashi 等による研究から、擬2次元系バルクのDirac電子系の代表として注目されており、また、Seo,Fukuyama, Kanoda 等による研究から電荷秩序、室温での電荷不均化なども注目を集めている。Yoneyama 等によるθ-(ET)_2RbZn(SCN)_4の走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いた電荷秩序の研究を受けて、今回、STMを用いて本物質の電荷分布に関する知見を得る事を目的として実験を行った。実験は室温、空気中で行った。プローブはPt_Ir_線を機械研磨して用いた。トンネル電流の値は1 nA, 電圧の値は10 mV から100 mVの間で行った。ドリフト補正はSawa 等によるX線からの既知の構造を元に、ソフトウェアで補正を行った。高分解能のSTMイメージを得る事に成功した。観測した表面はa-b 面のET層であり、ET分子の端にある硫黄3p軌道を観測していると考えられる。今回の実験で単位胞内の4つの分子(A, A\u27, B, C) を識別する事に成功した。また、トポグラフィーを測定したところ、高さの高い方から順にB ≅ A > A′≅ C となった。さらに、X線によるET分子の高さのサイトによる違いとバルクの電荷不均化の効果を補正した後もトポグラフィーの差は存在していることが分かった。従って、今回、高分解能のSTM イメージから表面再構成の観測に成功したと言える。これは表面においてI3層が片方欠落していることによると考えられる。今回の表面再構成の解釈には以下の(1) と(2) の共存が考えられる。(1) 表面に垂直な方向にET 分子が移動している可能性(2) 表面ET層において電荷再分配が起きている可能性今回は、(1) のみ、あるいは(2) のみが起きている場合に問題を単純化して考え、それぞれの場合にどのような物性が引き出されるか解析を行った。特に(2) の仮定において、Bの電荷量に対するi番目の分子の電荷量の比を定量的に見積もったところ、(f_A/f_B, f_A′/f_B, f_C/f_B) = (0.61, 0.38, 0.36) となり、室温バルクでの電荷不均化ではなく、低温の電荷秩序状態の電荷分布に近いという結果になった。類似した表面再構成はIshida, Shigekawa 等によるβ-(ET)_2PF_6 においても報告されている。今回において(1) と(2) のどちらが優先的に効いてきているかの根本的な解決は更なる実験と理論のサポートを必要としているが、STM は物性を議論する重要な実験手段であるということのひとつの証明になったと言える。首都大学東京, 2011-03-25, 修士（理学