生産技術研究所が10年前にこの土地に第二工学部の後をうけて出発することになったが,研究所になるまでにはいろいろないきさつがあった.当時アメリカのケリー博士のごときは,失業救済のためにこういう研究所案ができた,といううわさがあるがどうなのか,といったようなこともあった.その時,われわれは熱意をもってこのような研究所が日本で特に必要であることを力説し,やっと同氏も納得したのであった.私は皆さんと別れてから産業界に入り,8年余り経った.今日は産業界に身をおく前所長の一人として,何をこの研究所に期待し,どうしたら研究が円滑に進むかについて私見の一端を述べたい.この研究所は,工学の各分野を持ち,また研究者を数多く擁している点からみれば,日本の工学に大きな貢献をなし得る素質を持っていることは確信を以ていえると思う.ここで毎日研究していることは,もちろん学問の研究である.そもそも学問は微に入り細を穿ち,ますます分化し専門化することによって進む.しかしそのように分化し専門化して進むだけでよいのであろうか.顕微鏡にしても,だんだん倍率が上っており,電子顕微鏡もできて10万倍,20万倍と順次倍率を上げることに成功しつつある.何のためにこのように進めて行くのか.これを道具に例えるならば良く切れるように道具をといでいるようなものである.しかし,道具のみいくらよくみがいても木は削れない家は建たぬというのでは,道具が泣くであろう.これを学問についていうなら専門化分化の一面にのみ走るのみでなく,さらにこれを総合して,その効果を工業の具体的問題を解決しそれによって工業の進歩発展に貢献するようなことに期待したいのである.私は産業界で実際問題の解決につき指示を与えているが,その時に感じることは,各工学専門分野の...